2021.12.18
久しぶりの雨だった。 長い時間を刻む時計の音を聞きながら、まどろみを溶かすように朝を迎え入れる。 布団からはみ出した足が少し冷えていた。 少しずつ身体が目覚めるのを待ちながら、天井の模様を歪めて遊んだ。目眩の一種だが、それが心地よかった。
みた夢を、少し覚えている。 猫が数匹足に纏わりつき、墓に行こうとする自分の邪魔をするのだ。 少年は墓が好きだった。人の気配を少しでも感じたかった。私の家に訪問者が来たことはない。悲しいと思ったことはなかったけれど、言葉を話す他人というものを知らなかったから。 起き上がると、途端に墓の記憶が薄れてゆく。墓は夢の中に現れるばかりで、この墓がどこに存在するのかも知らなかった。
ひんやりとした雨の日は決まって、少し気持ちが落ち込む。繊細な心の動きを丁寧に処理しようと、しばらく外を眺めた。柔らかな空腹も、足の裏の冷たさも、少しずつ頭の中を占めていて、しかし何か行動する気にはならない。雨はそういう力を持っていた。
湯を沸かす準備をして、身体に力をこめて外に出てみる。吐息が雨に打たれていた。身震いが込み上げ、早々に部屋に戻る。少し後悔した。
パンにマーガリンとジャムを塗りながら、もうほとんど思い出せない夢を思い出してみる。どうして猫たちは墓に向かうのを邪魔するのだろう。どうして一人でいろと言うのだろうか。いつも必ずよぎる、他人の居る生活を考えてみたのだが、パンの焼ける匂いが邪魔をした。
コーヒーを揺らしながらいつも読む文章を目でなぞる。 「繰り返すことを不思議に思う。いつ終わるとも限らない生活を、毎日同じ動作を、私はいつ覚えたのだろう?」 ちょうど同じように、少年も考えているのだった。自分以外の人間が考えたのだろうこの文は、もしかしたら自分の分身が書いたのではないかと思うほど同じ考えをしている。もし、私の家に誰かを招くことになったら、あなたもこう思うのだろうかと尋ねてみたいと、ずっと思っていた。
いつからこんな日々を、いろんな気持ちの湧き起こる生活を送ってきたのだろうか。その始まりを思い出そうとするたびに気が遠くなる。朝はいつも同じ時間にやってくるし、眠い夜も目の冴える夜も、眠れば朝だった。
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2021.12.19
ごくたまに、気持ちがナイフの如く鋭くなる時がある。決まってそれは激しい雨の夜だった。蝋燭の火の揺らぎが、突然一人でいることを悪いことのように囁いてくる。悲しさとも違う、このクサクサした気持ちは、変化のない日常への苛立ちなのかもしれない。しかしそれも日を跨ぎ、穏やかな朝を迎えるとすっかりなくなっている。昨日の苛立ちが、少しのスパイスのように思えてくるのだった。
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2021.12.23
ある日、日差しの柔らかい午後、少年は小さなノートとペンを持って海の見える街へ出かけた。海にはいろんな生き物が息づいている。それを書き取り、壁に貼って部屋をにぎやかにするのが少年のささやかな趣味だった。波の音、貝殻、海月の死骸、流木。生と死の混在するこの浜辺で、少年は独りを紛らわすのだった。
家に戻り、いつもするように思い出したことを書き足しながら、ノートを破り壁に貼っていく。いつもとは違う感情が、突然少年の心を支配した。 海月のスケッチに涙が数滴落ちる。人間以外の死に向き合ったことなど今までにもたくさんあったのに、今日は特別悲しかった。 いつもと違う気持ちに気づいた時少年はなにかと理由をつけたがる。今朝パンを食べなかったのがいけないのかもしれない。涙は止まらなかった。どうにもならないと思い、急いでパンを焼き始める。 パンを食べながら、自分が海月のように死に至る時、こんな気持ちに支配される人がいるのだろうかと思い立ち、少し落ち着いていつも頭の隅を支配している孤独に寄り添った。